05-06 Players tracks 「13.寺田周平」
189cmのセンターバックで、ヘディングの強さが持ち味―。
寺田周平のプレイスタイルは、それひとつに集約されてはいない。昨年まで川崎に在籍していたアウグストが「日本でも一番巧いディフェンダー」と称したように、知力と柔軟性にも優れている。決して、高さ一辺倒の大木ではない。
05シーズンの序盤戦、谷口が台頭するまで。バックラインを浅く保ち、前でボールを奪う意欲を見せていた。成功すれば、敵ゴールに近い位置に残っているジュニーニョを活かすことができるからだ。高さを活かすために、リトリートして弾き返す戦法を安易には選ばなかった。また、開幕戦となった日立台では、1ゴールのビハインドを追って、流れの中からボックス内へ飛び込んでいった。
しかし、チームは5戦13失点を喫し、勝利を掴めなかった。関塚監督はアンカーへ谷口を抜擢し、逃げ切りのオプションとして佐原を重用。寺田はボランチでラスト10分を戦うことが多くなり、バイタルエリアの壁として機能するだけではなく、パスを左右に散らす意図を体現し、ゲーム進行の安定化に貢献していった。
公式戦35ゲームに出場。等々力に敷かれる青と黒のバックラインの中央にそびえ立った。
そもそも、寺田は将来を属望された選手だった。
東海大学在籍時にユニバーシアード代表の中心選手として活躍。メディカルチェックの結果によって、内定していた横浜への入団が取り消され、プロの道に足を踏み入れたのは99年。川崎に23歳の期待の新人として入団したが、以降のシーズンで大怪我を繰り返し、二桁出場もままならない一年を重ねていった。
転機は04シーズンだった。
関塚監督の就任に伴ない、マルセロフィジカルコーチが入団。33ゲームを戦い、ディフェンスリーダーの座を掴む。自身のキャリアで初めて全日程の4分の3以上の出場を果たし、チームのJ1昇格をバックラインから支えた。
昨シーズンの好パフォーマンスは、ただ単に、実力を証明しただけに過ぎないのかもしれない。
J1復帰2年目を戦う川崎は東京Vを構想外となった米山を獲得し、指揮官は元日本代表センターバックをリベロの位置で起用する意向を持っている。これで、熾烈な競争の中で上達し、左ハムストリングが痛んだ場合に心配事なく休養をとることができる。
3度目のJ1であり、04、05年に続いて多くの出場を狙うシーズンは、寺田にとって潜っていたポテンシャルをさらに引き出すシーズンになるだろう。
Text by H.Nishikawa.(Monday, 20 February, 2006, 15:00)
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