05-06 Players tracks 「8.久野智昭」
「いつか監督となって常勝軍団を作り上げる」
そう言って、川崎のゼッケン8番は現役生活に終わりを告げた。富士通川崎の社員としてルーキーイヤーを過ごし、翌年に川崎フロンターレが誕生。それから、博多でのプレイオフ、2度の昇格、たった一年での降格を味わった。ボランチ、レフトミッドフィルダーでプレイし、高い精度を誇る長い距離のキックを武器とした。歴代の監督から確かな技術とユーティリティ性を評価され、出場を重ねてきた。
しかし、今シーズンのJ1で記録したフル出場は、わずか3ゲーム。大半は途中出場を重ねるベンチ生活を強いられた。ただし、5月8日の対大分戦と14日の対清水戦でチャンスが訪れていた。マルクスが故障によって戦列を離れたことで、「スリーセントラル」の一角としてスターターに起用されたが、チームは2ゲーム連続でノーゴールに終わり、自身のレギュラー奪取の道が閉ざされた。指揮官はこの布陣を諦め、アンカーとセントラルミッドフィルダーによるユニットを重用し、久野を第3のボランチとして固定した。
中村と谷口が不動のコンビを組み、32歳のベテランが他人のアクシデントに頼らずに主力に戻る可能性は、極めて低くなっていた。それでも、麻生で質の高いパフォーマンスを維持し、戦力のひとりとしてシーズンを戦っていた。ひたむきにアピールを続け、衰えを感じさせるシーンを見せなかった。
だが、関塚監督の契約延長が決まり、ユースの鈴木達矢がトップチームへの昇格を決め、時代の流れがピリオドを促しているようだった。たぶん、来シーズンもベンチ暮らしだろう。久野は最終ゲームの直前に引退を決断した。
皆から「まだ出来る」と言われ、実際に「貴重なユーティリティプレイヤー」としてなら、J1でのプレイを続けることは出来たはずだ。しかしながら、頃合いの良いタイミングで選手を辞め、コーチの勉強に取り組むことを選んだ。穏やかで知的な彼のことだ。何らかの形で川崎に関わり続け、きっと、等々力がベティを思い出し求めた時、待望の新監督として再び姿を現し、チームに好成績をもたらすに違いない。
久野智昭は、第二のフットボール人生をスタートさせた。
Text by H.Nishikawa.(Tuesday, 24 January, 2006, 11:50)
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