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Blue Players 箕輪義信 「川崎市民代表」

 「自分が子供の頃にボールを蹴っていた等々力で、今は大勢の子供が自分を観ている」
 箕輪がよく話すコメントである。
 「だから全力で戦う」
 続く言葉には、重みが感じられる。
 ただし、川崎出身の屈強なセンターバックは、現在に至るまでに少し回り道を歩いてきた。
 弥栄西高校から仙台大学へ入学し、1999年に磐田へ入団したが、在籍した2シーズンで出場機会は一切与えられず、2000年9月14日に川崎へ完全移籍をした。「親の勧め」がフットボールを始めたきっかけという箕輪は、両親が体調を崩したことも考慮し、新天地に地元の川崎を選んだのだった。
 翌シーズンからの4年間は、レギュラープレイヤーとしての地位を確保し、ついに川崎がJ1復帰を決めた対水戸戦後には、ファンに向かって「川崎市民で良かったよ」と叫び、有名な逸話を作った。
 このようなプロセスを描き、到着した舞台はJ1。そこで経験を積み、学び、川崎が強くなるために貢献する。強い志は、プレイで表現されていく。
 競り合いで敵を負かすことはもちろん、ラインブレイクから積極的インターセプトを目論み、ビルドアップの際にはチャレンジのパスを狙う。J2の戦いでも時折フィードボールを蹴っていたように、ストッパータイプの選手にありがちな、強さ一辺倒のプレイに甘んじることを嫌った。
 サスペンション明けとなった5月8日の大分遠征からJ1でイエローカードを1枚も受けず、9月17日の東京Vとの多摩川ダービーでは、今野の決勝ゴールをアシストしてみせた。チームが苦しい時間帯を強いられると、ちょっと倒れ込んで呼吸を促す一方、力強さはJ1でもトップレベルにあることを証明してきた。
 にわかに周囲が騒がしくなった。そして、「ないですよ」と本人が否定し続けたA代表入りは、とうとう実現した。東ヨーロッパ遠征へ臨む21名の中に、箕輪義信の名前が読み上げられた。
 噂が流れ始めた7月上旬には、左耳突発性難聴に襲われ、3ゲームを欠場していた。それでも復帰を果たすと、この間を「不幸中の幸いだった」と振り返り、深まったフットボールへの想いをフィールドで体現していった。
 発表4日前の9月23日には、第一子となる長女を授かり、翌日の対大宮戦で決勝ゴールを決め、チームメイトとゆりかごダンスを踊っていた。
 「日本代表として、地元の川崎市民代表として精一杯プレイします」
 川崎のハードマンは、等々力での5シーズンで日本のトップレベルに到達し、キャリアのピークを迎えようとしている。
 
 箕輪の抜擢は、ジーコ監督がブラジル代表のテクニカルコーディネーターとして臨んだ1998年ワールドカップの際に、本番直前のトレーニングキャンプにゼ・カルロスを召集した過去と重なる。
 彼はその1年前まで二部リーグでプレイし、セレソンにおける出場はゼロ。当時29歳だった。
 「駒野、坪井、茂庭、三都主で考えている」とは、現段階でのジーコ監督によるファーストチョイス。中澤と宮本はJ1オールスターに出場するために、召集されていない。
 ゼ・カルロスは、カフーの完全なスペアだった。メンバーを固定するバックラインでは、レギュラープレイヤーが壊れない限り、サブの選手にチャンスは巡ってこない。この抜擢はA代表にとって大きな出来事ではなく、一時的欠員の補充に過ぎないだろう。
 しかしながら、川崎に初のA代表選手が誕生したことは、極めて重要なニュースである。これは、川崎フロンターレというチームが、そんな話とは無縁だったJ2を勝ち抜き、J1の上位進出を窺がうまでに成長してきたプロセスにおける、ひとつの集大成なのだ。
 あるいは、メニューの合間に時間を惜しむように身体を鍛え、トレーニング終了後には入念なクールダウンをこなし、全力でフットボールに打ち込んできた、プロフットボーラーへのご褒美なのかもしれない。
 おめでとう、箕輪。
 
 Text by H.Nishikawa.(Tuesday, 27 September, 2005, 20:00)

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Comments

おはようございます。

>TAKさん
そうですね。ただし、そもそも関塚さんも4バックをやりたかったわけですが、選手たちに3バックの「ふたりのチャレンジにひとりのカバー」という考え方が深かったために、3枚を貫いてきましたね。
その点は大きな不安材料でもあり、箕輪が代表から川崎へ持ち帰って欲しい点でもあります。

>ちくみん。さん
スペインでは、3点目を狙いに行くべきとの考えのほうが普通ですよ。関塚監督の憧れるヨハン・クライフも守ることを優先しません。目が肥えている人ほど、ゴールに貪欲かもしれませんよ。
私の持論では、2点リードの際は、パスを回してもっとサイドを使ってクロスを射るような展開が最高だと思っていますけど、川崎はカウンターから中央を貫くような形を得意としていますし、選手たちのレベルは落ち着いて3点目を狙いに行くレベルには到達していません。その点は、等々力に行った際にガッカリさせられる点ですけど、昇格チームとしては頑張ってますからね。
セレーゾ監督に学んだだけあって、関塚監督はゲーム中の分析に長けていて、ベンチワークは巧いと思います。
箕輪には紅白戦で玉田をやっつけてきてもらいましょう。

コメントありがとうございました。

Posted by: H.Nishikawa | 2005.09.29 at 07:13

 TBありがとうございます。
 やはり海外組9人の招集によりジーコは4-4-2で戦うつもりなのでしょうね。
 それでも仰る通り今まで無縁だったA代表に召集がかかる事の方が今は大事ですね。
 ただ行くからには途中出場でも良いのでアピールしてもらいたい。
 この4バックで結果が残せればコメントいただいたようにクラブにおいても戦術の幅が広がりますね。
 彼が世界でどの程度まで戦えるかという意味でも東欧遠征2試合はしっかりチェックしたいと考えています。
 私個人としてはかなりやれるとは思っていますが。
 それでは失礼いたします。

Posted by: TAK | 2005.09.27 at 23:59

こんばんは。
お礼が遅くなりましたが、佐原起用に関する見解どうもありがとうございました。
サッカー素人は点を取って欲しいと思う気持ちが強すぎていけませんね^_^;

それにしても、箕輪。凄いですね♪
あとは使ってもらえるかどうかですね。。

そのためにも新潟戦でさらなるアピールをしてもらいたいですね!!

Posted by: ちくみん。 | 2005.09.27 at 23:32

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